1 障害者と私 鈴木達雄

「SDGsな生き方」 / 鈴木達雄 | 株式会社土屋 (tcy.co.jp)

このほど縁あって株式会社土屋のホームページのコラムに投稿することになりました。鈴木達雄と申します。今年1月に土屋本社付で迎え入れていただいた長女、原香織ともどもどうぞ、よろしくお願いいたします。

SDGs10:人や国の不平等を無くそう。
2030年までに、年齢、性別、障害、人種、民族、出自、宗教、あるいは経済的地位その他の状況に関わりなく、全ての人々の能力強化及び社会的、経済的及び政治的な包含を促進する。

私が最初に大きな感動をおぼえた障害者は、ヘレン・ケラー(1880~1968年)である。
およそ140年も前のアメリカで大変裕福な家庭に生まれた女性である。みなさんご存じと思うので、詳細はさけるが、人間の視覚、聴覚、発声が失われるということがどんなに恐ろしいことか。しかし、想像もつかない障害を努力で乗り越えた先駆者である。

彼女が残した名言はたくさんあり、どれも心に強く響き、人が生きる力、素晴らしさを教えてくれる。介護の基本でもあり、また、よく生きることの意味を教えてくれる。

名言
「世の中はつらいことでいっぱいですが、それに打ち勝つことも満ち溢れています」
「人の苦しみをやわらげてあげられる限り、生きている意味はある」などなど。

彼女自身の驚異的な精神力と努力で、多くの差別や絶望を周囲の献身的な人の力を借りて克服してきたが、これを現代風にさらに進化させ、障害者の人権を守るために強化し、ルール化することが、今求められている。

私には16才から6才まで、それぞれ可愛い女子4人、男子3人、計7人の孫がいる。中でも素晴らしい特徴を持っているのが、原香織の長女16才の原未来美(みくみ)、初孫である。

彼女は天使のように純粋無垢で、底抜けに明るく笑顔を絶やさない。実は、未来美は21トミソリーのダウン症で、重度知的障害と診断されている。その評価基準は明かされていない。確かに時間、空間、数字の概念がないことは、自分の利益しか考えられない多くの哀れな現代社会人にとっては致命的な欠陥ではある。

しかし、人として最も重要だと感じているコミュニケーション能力は強化され、彼女の中には顕在している気がする。これは、家族だからではないことが最近分かった。

それぞれの分野で高い能力を持つ著名な高齢の方々とZOOMの「みらクルTV」等で会合をした時のこと。リアルな対面がなくても、TVに向かって簡単な挨拶やダンス等を披露するだけで、初対面でも一瞬で完璧なコミュニケーションを取る特技がある。

現代人は、様々な対人経験を通して保身に必要な強固なバリアを身に着け、見えなくなったものが、彼女には鮮明に見えるのかもしれない。健常者といわれる大多数の人には見えなくなった何かが、一部の知的障害者には見えるのかもしれない。

彼女を育てた愛娘の香織も、未来美が将来自律できるように周辺の多くの人の助けをかりるためにコミュニケーション力を身に着けた。人には見せないが大変な努力をしてきた。そうした努力の原動力を未来美が香織に与えてくれたのだと思う。

祖父である私と未来美には、幼児時代から心に鮮明に残る素晴らしいエピソードがたくさんある。妻や周辺の人も同様な経験をたくさんしていると思う。

東京都八王子市にある多摩センター駅近くに、片道3車線で中央分離帯もある大きな交差点がある。その長い横断歩道の信号が青になると、彼女は両親の手をさっと振り払い、ぎこちないが一生懸命、私に向かって走ってくる。満面の笑顔で突進してきて横断歩道の真ん中で私に飛びつく。私は受け止めて抱え、大空に投げ上げる。彼女はワーと叫び、私はギュッと受け止め抱きしめた。赤信号で止められていた車内で見ている観客も感激したに違いない。ちょっと恥ずかしくもあり、誇らしくもあった。こんな関係は普通にはありえないだろう、まるで映画のワンシーンのように思えた。

今もあの時の感動を彼女と共有している。時々、我が家に遊びに来ると、玄関で靴を脱ぎ棄てるやいなや、「ただいまー、パピィ!」と叫んで誰よりも真っ先に私の方に突進してくる。私も立ち上がって歓迎の手を広げる。

彼女は16才になっても飛び込んでくる。体重が増え、私が年取ったことも気にせず、恥じらいもなく無邪気に飛び込んできてたくさんのキスをしてくれる。抱きかかえ投げ上げることは、さすがにもうできないが、脳は彼女が幼かったあの頃にフラッシュバックする。けっこう恥ずかしいが、こんなに心の温度を高めてくれることは他にはない。

箱根には渋谷区が持つ豪華なホテルのような保養施設がある。大浴場は温泉かけ流しで、広く余裕のあるダイニング空間、美味しい食事、ゆったりした清潔感のただようホテルの部屋だ。

みんなで大騒ぎして楽しく2泊した帰り、私が運転する車に私の母も乗っている。車のオーディオには童謡のCDもたくさん入っていた。未来美は車内のお客さんに大サービスで楽しく大声で歌をうたう。時には歌詞を変えてみんなを笑わせ喜ばせてくれる。多少、音が外れても、そんなことはお構いなく、客が無邪気に反応するので1時間以上の長道中で得意げに単独コンサート。お淑やかな母も大笑い、すっかり気分を良くした帰り際、また、行きたいねと終始笑顔で旅をおえる。

また別の時期でも、旅行帰りの小田急線、ロマンスカーではないのに空いている普通車両の中で、同じことが繰り広げられる。ここには私の両親と妻と未来美が乗っていたが、CDの伴奏はない。それにも関わらず未来美のリサイタルが始まった。迷惑そうな顔をしてもよい同乗客が、誰一人苦情を言うことなくこちらを笑顔で楽しそうに見ている。

底なしに楽しくしている様子をみると、誰でも楽しくなり、文句を言うのも忘れてしまうのだろう。車内の見知らぬ観客さえそうなのだから、町田で途中下車した身内の両親が、振り返って、「また、いきたいね」と上機嫌になるのは当たり前である。

現代社会で精神的な余裕を失った健常者が退化させた能力を、知的障害者は維持しているように思える。自然に人の心を暖かくする、そんな力を大切にしたい。

彼女達のような知的障害者の隠れた能力を奪うことなく、特別な天賦の能力を正当に評価することが必要である。

さらに成人になれば就職できるよう、経済的自立ができるまで支援できるような指導者を養成し、障害者と健常者のバリアを無くし交流を深め、互いに尊重しあえる社会がつくれれば、みんながより幸せに暮らせるのではないだろうか。
現代の金さえあれば何でもできる、というような味気ない弱肉強食の世の中が、もっと明るく、楽しく、みんなが平等に素晴らしい人生をおくれるようになれば良いと考える。特に、成人して親兄弟がいなくても自律するための支援ができるよう、先進国から学ぶべきことがありそうだ。
 

自律支援(SLS (Supported Living Services))

早稲田大学 文学学術院 文化構想学部 教授で、ご子息が重度知的障害/自閉症の岡部耕典先生によれば、介護分野で先進国である米国では1995年からSLS (Supported Living Services)と言われる、日本にはない知的障害者の「生活の自律」と地域生活の両立をめざす居住/生活支援サービスがあるという。

親や後見人と同居ではなく住居を所有/賃借してコミュニティに暮らす知的障害者に対する「(A)自分自身の家での生活、(B)地域活動への参加、(C)個人の可能性の実現を目的として、ライセンスを持つSLS 事業者によって提供され、リージョナルセンターによって購入される支援」と定義され、グループホームに代わる知的障害者の地域移行サービスが拡大しているという。

SLS事業者の指導者としての資質が問われることになるが、上記の理由で、このようなサービスの日本版の開発と、導入の検討がなされれば素晴らしいと考える。

◆プロフィール
鈴木 達雄(すずき たつお)
1949年山口県下関生まれ。

1980年に人工海底山脈を構想し開発を進めた。この理論の確立過程で1995年に東京大学工学部で「生物生産に係る礁による湧昇の研究」で論文博士を授かる。

同年、国の補助金を受け、海で人工の湧昇流を発生させ食糧増産をする世界初の人工海底山脈の実証事業を主導。これが人工海底山脈の公共事業化、さらに国直轄事業化に繋がった。

現在は、予想される首都直下地震、南海トラフ地震等の巨大地震からの早期復興を支援するため、震災で発生する材料を人工海底山脈に利用する理論と技術開発に取り組んでいる。

SDGs、循環経済を重視し、都市で古くなったコンクリート構造物を工夫して解体し、天然石材の代わりに人工海底山脈に利用することで、予め海の生態系を活性化し食糧増産体制の強化を図り、同時に早期復興を支援する仕組みを、行政と協力して構築するための活動をしている。

趣味:水泳、ヨット、ダイビング、ウィンドサーフィン、スキー、ゴルフ、音楽、絵画

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