7. 人工海底山脈と海洋循環 鈴木達雄

SDGsな生き方 / 鈴木達雄 | 株式会社土屋 (tcy.co.jp)

設計通りに人工海底山脈を造ることにより、魚が増え、豊かで綺麗な海になる。さらに、これが地球温暖化の原因になるCO2を海中に1000年のオーダーで貯留(固定)することを理解するには、地球規模の空、陸、河川、海の循環を知る必要がある。

まず、海の表層と低層の海水が地球規模で循環する流れを見てみよう。下図のように太陽で温められた赤い帯の表層水と、グリーンランド沖海域で冬季に冷却された高塩分の表層水が一緒に深海に沈降して深層水が形成される。このグリーンランド沖と、南極のウェッデル海で生成された深層水が合流して、さらに沈み込む。

この海水の量は、1秒間に4000万トンと、フィリピン沖から日本列島に沿って北上する黒潮が運ぶ水量に匹敵する。塩分濃度が高く、栄養物質を含む低水温の重たい深層水は、大西洋を南下し、インド洋、太平洋の深層を流れ、上層の温かい海水と混合しながらインド洋沖と北大西洋北部海域で表層近くに浮上する。

この沈降から浮上までに1500~2000年かかる(放射性同位元素14C法の測定では1670年)といわれる。浮上した赤い帯の海水は表層を大きく西方に流れ、北大西洋の北部海域に戻り循環する。

さらに、この赤い帯の温かい流れが、表層を西方に流れ、2000年かけてグリーンランド沖に戻るという壮大な循環である。これを海洋大循環といい、1985年に Blockerらが提唱したものである。これが、北大西洋より北太平洋の水深2000mの深層水の方が、栄養物質の濃度が高くなっている理由である。

下層の青い帯が大西洋から太平洋の深海を通り、表層に浮上する海域では深層水の湧昇により表層に栄養物質が添加され、光合成が活発になり生態系が活性化する良い漁場になっている。

一方、宇宙船地球号に、地球外から供給されるものは太陽の光エネルギー、恒星風と、月の引力くらいである。地球の大気圏内でほとんどの物質は循環し、総量が変わることはない。

下図はIPCC( 国連気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)の略)が、2007年に第4次評価報告で公表した全球の基本的な炭素循環である。地球温暖化に関係が深いCO2(炭酸ガス)の内、炭素に着目し、多くの専門家の研究成果を基に大気、陸域、河川、海で炭素の循環を図解した。

100億人に達する世界人口に、地球外から水や食糧を供給することはできないので、水や食糧の供給システムが課題になる。黒矢印は産業革命前、赤矢印は産業革命後の炭素のフラックスである。陸、大気、宇宙の問題は膨大な予算で多くの科学者が研究している。

陸上や空は光や電波が遠くまで届き、比較的に観測しやすい。陸や空の炭素量やフラックスは上記の図がよく表している。よく見れば、陸域、空域、海域の炭素のやり取りも非常に興味深い。しかし、とても身近な海の中のことはほとんど分かっていないといっても過言ではない。炭素のフラックスは全体で調整されており、20%以上の不確かさがあるとされるが、上図を正しいとして推測する。

ここで注目すべきは、上図の右下に示された海の中の3つのボックスとその間のフラックスである。海の表層には900GtC(ギガトン炭素)があり、産業革命後に18GtC/年が溶け込んだとしている。50GtC/年が光合成で海洋生物に吸収され、39GtC/年が分解され表層水の中に戻る。

海洋生物が吸収した50GtC/年の内22%、11GtC/年が分解されながら深海に沈降する。この沈降する11GtC/年は一旦深海に沈むと、数100~数1000年深海から上昇することができず深海に留まり、その期間、貯留あるいは固定されると考えることができる。

粒子の大きさで沈降速度は異なるが、生物の死骸や糞尿が微生物に分解されながら海水の比重より大きいものが沈降する。これを生物ポンプ (生物海洋学において、海洋表層(有光層)から海洋深層へ生物学的に炭素を輸送する経路を指す) という。

IPCCでは多くの研究からこの数値を22%と算定している。この仮定によれば、人工海底山脈による湧昇で、新たに光合成が行われることにより植物プランクトンが増殖し、それによる食物連鎖で魚介類が増えた分だけ死骸や糞尿となり、22%が深海に分解されながら沈降し、最終的には栄養物質(N、P、Si等)となり深層水に溶け込むことになる。

このようにして水深200m以深の深海には(37,100+100) GtCという桁違いに膨大な栄養物質が貯蔵され、その一部である101GtCが自然のエネルギーで表層に湧昇する循環を提示している。

したがって、この炭素循環から、人為的に表層に湧昇させる栄養物質を増加させれば、量は少ないが植物プランクトンの増殖により同化された炭素の22%は深海に沈降し、長期間深海に固定されると示唆される*)。

SDGs.13.2では気候変動対策を国別の政策、戦略及び計画に盛り込む、としているが、人工海底山脈はこの政策にも合致するものと考えられる。

*:鈴木達雄、橋本牧、間木道政、中村充、高橋正征:人工海底山脈による二酸化炭素固定の可能性、海洋開発論文集、第24巻、pp.387-392、2008.7

◆プロフィール
鈴木 達雄(すずき たつお)
1949年山口県下関生まれ。

1980年に人工海底山脈を構想し開発を進めた。この理論の確立過程で1995年に東京大学工学部で「生物生産に係る礁による湧昇の研究」で論文博士を授かる。

同年、国の補助金を受け、海で人工の湧昇流を発生させ食糧増産をする世界初の人工海底山脈の実証事業を主導。これが人工海底山脈の公共事業化、さらに国直轄事業化に繋がった。

現在は、予想される首都直下地震、南海トラフ地震等の巨大地震からの早期復興を支援するため、震災で発生する材料を人工海底山脈に利用する理論と技術開発に取り組んでいる。

SDGs、循環経済を重視し、都市で古くなったコンクリート構造物を工夫して解体し、天然石材の代わりに人工海底山脈に利用することで、予め海の生態系を活性化し食糧増産体制の強化を図り、同時に早期復興を支援する仕組みを、行政と協力して構築するための活動をしている。

趣味:水泳、ヨット、ダイビング、ウィンドサーフィン、スキー、ゴルフ、音楽、絵画

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